異国の湖畔にたたずんで眺める世界 (ヨーロッパ撫子)

孤立したように感じられるこの国で、底をついた日本食の棚を見てため息ついています、それでもこの国、好きになって来ました

母の日にもらって嬉しかった二つのもの

  5月31日の朝、思いがけず次女から連絡が来た。

 

 私のアパートの近くの湖畔に顔を出すと言う事である。私を敬遠している彼女は、昨年の十月から私を訪ねて来たことはなかった。

 また、このところしばらくは体の不調を訴えていた。

 

 湖畔まで迎えに行くと、とても脆弱な雰囲気の若い女子の後ろ姿が目に入った。髪型は似ていたが次女ではないと感じた。彼女はどちらかというと大柄である。

 

 しかし、果たして、振りむいた女性の顔は久しぶりに見た次女の顔であった。

 

 別人のように痩せていた。

 

 私達は湖を望むベンチに一緒に座り、ひとしきり、差しさわり無いことを話した。

 あまり長い間、込み入った話などをすると泣き出されてしまうので、そろそろさようなら、を言おうと思って立ち上がった。

 

 「ママのアパートに行っていい?」

  

 次女が突如、そう訊ねた。

 

 私は仰天したが、むろん歓迎した。

 

 冷蔵庫にたまたま、次女の好物の鮭の照り焼きの残りがあったのでそれを食べさせた。

 

 「ママの洋服、少しもらっていい?」

 

 「いいよ、何でも持っていきな、どうせ在宅勤務だから披露する場所もないし」

 

 

 次女は、私のワンピースを二三着(しかもほぼ新品の)、丁寧に畳み、リュックサックに入れていた。彼女はかなり痩せたので、私の服でも着こなせるのであろう。

 

 その様子を見守っていた時、私は確信した。

 

 この娘はまだ大丈夫だ、と。

 

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Stora Essingen島 湖畔の散歩道

 

 これほど痩せてしまった理由は、おそらく精神的なものに起因しているものだと感じた。

 

 しかし、絶望している人間が新しい洋服など欲しがるわけはないであろう。彼女は洋服を持っていないわけではなく、ただ新しい洋服が欲しかったのだ。

 

 新しい洋服を所望するということは、人生において、まだ希望の光が見えているということの証明であろう。

 

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Stora Essingen島 スウェーデン的テラスハウス

   

 次女と入れ替わりに長女がアパートに遊びに来た。

 

 長女は十代の中頃から留学、青少年活動、駐在のため頻繁に外国に住んでいた。自粛体制が始まるまでは毎週、どこかへ海外出張をしていたため、スウェーデンにいることは滅多になかった。たとえ、会えたとしても数時間単位であった。

 

 彼女はヴィーガンなので、私のアパートに来たときは野菜棚に残っている古い野菜を平らげて帰る。そして何やら不思議なヴィーガン用のデザートを作って置いてゆく。それを私はそれを一週間掛けて苦労して食べる。

 今回は何故か三種類も作って置いていってくれた。

 

 その後、急遽、隣の隣の島まで一緒にサイクリングに行ってみることに決めた。橋を二本渡らなければ行けないところだ。

 

 時間がある時には常に運動をしている娘なので、おそらく一緒にサイクリングをしていても私はずっと後から追いかけていくような形になるだろうと思っていた。

 

 しかし、予想と相反して、大幅に遅れをとっていたのは彼女の方であった。

 私は頻繁に彼女を待つ羽目になった。

 

 キノコのような奇妙なヘルメットをかぶり、その顔は赤く汗だくになり、ボロボロの自転車を必死にこぎながら後を付いてくる。

 

 このボロ自転車の彼女が、いったん外に出れば、正装に身を包み、企業人や政治家と肩を並べて仕事をしている。

 

 

 「なんでそんなに遅いの?その自転車壊れているのじゃないの?」

 

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Stora Essingen島 スウェーデン的テラスハウス 入り口側

 

 「朝、14キロ走ったから疲れているのかも」

 

 新しい自転車を買えばと提案したが、そのボロ自転車が気に入っているそうだ。

 

 

 私は彼女に島を一通り案内した。この島は、私もその二週間前に初めて探検したばかりなのである。

 

 彼女と一緒に島巡りをしたり、週末を一緒に過ごしたりすることは、果たして、あとどれぐらい出来るのであろうか。

 

 パンデミックが終息し、彼女がふたたび海外出張に出かけるようになれば、ふたたび、会える機会は時間単位になる。たとえ、会社の方針が変わり、海外出張が無くなったとしても、本人は、いずれはパリに住むつもりだと言っている。

 

 「パリには海は無いよ」と言ってみても、若者には海よりも大都会で自分を試すことの方が重要なのであろう。

 

 彼女を止めることは出来ない。

 しかし、この瞬間の彼女は、手の届くほど近くに居る。

  

 さよならを言って彼女の後姿を見送っていた時、初めて気が付いたことがある。

 彼女の自転車の後輪には、ほとんど空気が入っていなかった。

 

 この状態で、自転車をこぐことはさぞかし大変だったであろう、理由を言ってくれれば、わざわざこれほど遠いところまでサイクリングなどしなかったのに、と後悔した。

 彼女はおそらくわかっていたけれど黙っていたのだと思う。

 

 

  この日は、花束を持って歩いてる人を非常に多く見掛けた。

 

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Stora Essingen島 ひなびた街中の花屋

  

 長女にその感想を述べたら、

 

 「今日、母の日だからじゃない?」

 

 と、彼女は言った。

 

 往々にして鈍感な私であるが、この時、次女が7か月ぶりに訪ねて来た理由が初めて解明された。

 

 スウェーデンにおける母の日は5月31日であったのだ。

 まったく念頭になかった。

 

 

  プレゼントとして何が欲しいと娘に訊ねられたら、私は、常にこう答える。

 

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Stora Essingen島 Essinge教会 静寂の午後

 

 

 「心の安寧(Peace of Mind) が欲しい」、と。

 

 娘達は首を傾げる。

 

 何故、そのようなスピリチュアルで抽象的なものを望むのであろう、出来れば、化粧品とか香水とかをあげたいのに、遠慮しているのかな、という表情である。

 

 しかし、「心の安寧」というものは本心で願っているもので、それこそが非常に得難いものなのである。

  

 その日だけでいいから、どうか心配を掛けないで、心臓をドキドキさせないで、髪を振り乱させないで、日付の変わる前に寝かせて欲しい。

 そして、出来れば手の届くところに居て欲しい、という意味である。

 

 そしてこの願いが適った母の日は、かつて果たしてあったのであろうか。

 

  

 以上、これが今年の母の日に私がもらって嬉しかった二つの「心の安寧」だ。長女と次女からもらったものだ。

 

 

 そこでふと考えてみる。

 

 たしか娘は三人いたはずだ。末娘からは何かをもらったのであろうか。

 

 どう考えても思い出せない。

  

 

europanadeshiko.hatenablog.com

 

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