異国の湖畔にたたずんで眺める世界 (ヨーロッパ撫子)

孤立したように感じられるこの国で、底をついた日本食の棚を見てため息ついています、それでもこの国、好きになって来ました

シリコンバレー 不在の子供部屋(序)

 「あっ、失敗した!」

 

 思わず日本語で大声を上げてしまった、が、おそらく誰にも聞こえてはいないはずであった。機内は耳栓を借りなくてはいけないほどの轟音であった。

 その時は、ロンドン・ヒースロー空港から、シカゴ・オヘア国際空港を経由してサンフランシスコ国際空港に行く機内の中であった。

 

 何を失敗したのか。

 迎えに来て下さる方に到着日を間違えて、一日遅く伝えてしまっていたのだ。

 日付変更線の存在を完全に忘れていた。アメリカ本土を訪問することは五年ぶりであった。さらにロンドンから飛んだことは初めてであった。

 

 

 そのようなハプニングがあった後ではあったが、数時間後、私はシリコンバレーの最北端のPalo Alto(パロ・アルト)の、一軒家のリビングルームに腰を下ろしてほっと息をついていた。

 

 シリコンバレーの他の家の中を覗いたことがないため、その家が、他の家と較べて大きいのか小さいのかは判断出来なかったが、四人家族で住むにあたっては、米国ではちょうど良い大きさの平屋であった。

 

 その家には、別段、変わったところもなく、豪華な装飾も無かったが、一つだけ奇妙に感じたことがあった。

 玄関と廊下の要所要所に陶器が置かれていたことだ。

 

 

f:id:EuropaNadeshiko:20200703064343j:plain

 

 陶器の色合いは、どちらかと言えば暗く、形状はどれもいびつであった。

 

 有名な陶芸家のものと言われれば納得できるものかもしれないし、そうでないと言われても、なるほど、と思える。芸術にはなんの蘊蓄もない私のような人間でも、何となく気に掛かってしまう存在の陶器であった。

 

 さて、話が先走りしてしまったが、到着の日付を勘違いしていた失敗をどのように収拾したのか。

 

 サンフランシスコ国際空港から、駄目もとで滞在先の家の女性に電話を掛けてみた。

 ちょうど買い物に出かけるところであった彼女は驚いたが、すぐに空港まで赤いスポーツカーを飛ばして迎えに来てくれた。

 彼女は、当時は、六十歳を少し超えたころであったであろうか。シルバーグレーの髪を短くボブ風に揃えていた。

 

 彼女は、ひょんなことで私と文通を始めたアメリカ人女性であった。

 彼女は毎回、叡智に飛んだ文面をA4の用紙にびっしりとタイプライターで綴って下さり、さらに、非常に頻繁にお便りを下さった。

 そして、ある時、サンフランシスコに遊びに来ないかと誘われた。私は即座に招待を受け、航空券を買った。

 

 彼女は、私に、娘さんが独り立ちするまで使われていた部屋を、客室として使わせて下さった。

 ベッドと机が一つあり、専用バスルーム、というシンプルさではあったが、ホテルよりは落ち着ける雰囲気の部屋であった。ベランダに出られるガラス戸があったが、そこから臨める景色は、時おり風に吹かれて動きを見せる森の一角であった。

 

 子供部屋は普段から友人に貸せるように、個性的なものは置かないようにしていたのかもしれないが、壁に掛かっていた絵画は、愛馬に頬ずりをしている若い女性のモノクロ写真のみであった。

 

 おそらく、その若い女性は、独立された娘さんであろうと勝手に解釈していた。

 当然、そうであるはずだと確信していたため、特に確認もしなかった。

 

 六十歳のジーン(仮名)と二十歳半ばの私は真っ赤なスポーツカーを乗り回し、パロ・アルト、およびスタンフォード大学のレストラン、サンフランシスコのデパートへ、毎日出掛けて、楽しく、優しい人たちに出会った。

 

 ジーンは、レストランで、若い給仕のネクタイを掴み、「あんた、ネクタイの趣味のわりにはイカスわね」などとちょっかいを掛けていた。

 私といえば、デパート等で若い男性の店員等に電話番号を訊ねられたりしたら、代わりにジーンの電話番号を渡してしまったり(現在なら犯罪になるかもしれないが)、40歳近く年齢差のある二人が、カリフォルニアで青春を謳歌していた。一週間という短い刹那ではあったが。

 

 再現は不可能なだけにカリフォルニアの太陽と一緒に思い出す日々である。

 彼女はすでにこの世に存在しない。

 

 彼女の前夫はノーベル賞候補者となっていた。彼女に言わせると、前夫は、家庭を顧みることよりも、研究に打ち込むことに重きを置いており、必然的に離婚の運びとなってしまった、という。

  

 

 ここまで書いて来ましたが、スタンフォード大学においては、この出来事はあまりにも有名であるため、一記事では長くなりそうでご迷惑をお掛けしてしまうため、二回に亘って綴らせていただきたいと思います。

 あと一回、お付き合いいただけると嬉しいです。

 

 europanadeshiko.hatenablog.com

 

europanadeshiko.hatenablog.com

  

europanadeshiko.hatenablog.com

 

 

写真提供 Pixabay, Султан Малахмедов

 

 

PVアクセスランキング にほんブログ村
当ブログに関する免責事項に関してはブログの説明欄に記載してあります。